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カヌースプリント競技のトレーニング 変化の10年とみえてきた課題 中垣浩平(山梨学院大学 スポーツ生理学)

カヌースプリント 中垣浩平(山梨学院大学)
スポーツ生理学についての説明をする中垣浩平准教授

おそらく10年近くになるだろうか。今回インタビューした中垣浩平さん(山梨学院大学准教授)がカヌースプリント選手の体力に関する自身の研究結果に基づき、ジュニア期のおけるトレーニング方法の転換を提言をしたのは。スポーツ生理学の視点で今に至るまでの10年、また今みえている課題についてお話を伺った。そこでみえてきたのは「没個性」と「動きの軽視」という二つの課題だった。

ースポーツ生理学から見たカヌースプリント選手のトレーニングの変化

中垣:従来のカヌー選手のトレーニングというのは明らかに短い距離に偏っていました。長い距離を漕ぐことの重要性は軽視されていて、特に高校生の主要レースが500m、200mという事もあり、ジュニア期にはそれが顕著でした。確かに短い距離を中心に行なっていた方が一時的には結果に結び付きやすいという面はあります。しかしそれだと世界で戦えるような選手は決して育たない。ジュニア期に最も伸びるとされる体力要素、最大酸素摂取量(VO2max)はシニアになってから向上させようと努めても難しい部分があります。そういった意味で、ジュニア期に有酸素性トレーニングを行う流れになったのは一つ前には進んでいると言えます。適切な時期に適切なトレーニングを行うといった意識の変化です。

カヌースプリント 山梨学院大学
山梨学院大学内の測定機器

ー見えてきた二つの課題

選手の特性とトレーニングの相性

中垣:ジュニア期に有酸素性トレーニングを重要視するようになった事はいい流れだと思っています。その上で次のステップの課題として見えてきた事もあります。その一つに有酸素重視のトレーニングにより個性が死ぬ子たちがいるという事です。もちろん、どのようなタイプの子であれ、Jr期に心臓や肺を大きくするようなトレーニングは欠かせません。しかし、生粋のスプリンターのようなタイプの選手は、長距離が得意な選手と同じ有酸素性トレーニングをした場合、期待された能力の変化は少なく、かつ長所も失われ結果が伴わない可能性があります。有酸素性トレーニングの重要性は、この10年間で多くの指導者に理解していただいたと思うので、次のステップとして選手個々の特性に合わせたトレーニングに発展していければと思います。

誰もが長距離を延々と漕がなければいけないかというと、必ずしもそうでは無い。指導者自身もそういう選択肢があるということを知っておいた方が良い。指導の際には、選手個々がどのような特性があり、どのようなトレーニングに強く反応するのかという「個人差」を大切にすべきであろう。

エルゴトレーニングにおける動きの軽視

中垣:もう一つの課題として見えてきたのが、エルゴのトレーニングにおける動きの軽視です。エルゴは水上に近い動きで高強度なトレーニングを可能にします。しかし、エルゴのW(パワー)を出すことや心拍数を上げることに意識が行き過ぎて、水上とはかけ離れた動きになっていることが散見されます。 例えば、VO2maxの向上には最大心拍数付近で動き続ける必要がある為、エルゴにおいてもそのような心拍数をトレーニングセッションに求めますが、その際重要なのが適正な動きであるという事です。水上を無視した動きで動き続けても、トレーニング効果の転移は期待できないと考えています。目的はあくまでカヌーの競技力向上であり、水上とは違う動きでWを上げること、心拍数を上げて苦しむことではないので、エルゴであったとしてもしっかりとした動きづくりが求められます。

カヌースプリント 山梨学院大学
山梨学院大学内の低酸素室

指導者としての視点

中垣:指導者として選手と関わるようになって見えてきたことは、テクニックが変わらずにフィジカルが向上すれば、水上でのパフォーマンスは向上すると考えていたが、実はそうではないということ。どれだけ生理学的に正しいトレーニングを行なったとしても、適切ではない動きの中での伸び代は小さなものであり、動きの改善とトレーニングをいかに連動させるかが今の課題です。前提として、100人いれば100通りに解決策は異なるという考えを指導者として持っておかなければならないと思っています。選手が何故伸びないのか、そこで思考停止してはいけない。伸びない選手に対してどんな解決策を示せるのかを考える事が指導者として重要であると思っています。

インタビューを終えて

中垣さんはどんなチームを目指すのかと質問したら、選手が自己解決出来る選手を育てたいと教えてくれた。「理由はよくわからないけど沢山トレーニングしたから速くなった」という選手ではなく、「自分の課題がこれだから、このような取り組みをして改善したから速くなった」と説明できる選手になってほしい。極論を言えば、コーチの力を借りずに仮説と検証を繰り返し、適切に進んでいける選手を育て、その集合体がチームとなればそれが理想だと。こんな言い方は適切ではないかもしれないが、自分の感想としては弱者に優しい考え方だと思う。全体で動けば必ずその中で優劣が生まれる。それでも自己を肯定し、成長させられるのはやはり自分自身でしかなく、その力を身につけて欲しいと言っているように感じられた。「教科書に書いてあるような事は一般的な平均値での正解であって、個々に最適な答えではない」つまり、正解は自分の中にしかない。

カヌースプリント 山梨学院大学

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